フィンランドの首都ヘルシンキには、ウスペンスキー寺院という歴史ある建築物があります。この教会は、19世紀にロシア帝国の支配下にあった当時のフィンランドで建てられました。
街を一望できる高台に立ち、19世紀から現代までのフィンランドの歴史が刻まれた、見応えのある建物です。
今回は、フィンランドのウスペンスキー寺院について、より詳しく紹介していきます。
ロシア正教会のウスペンスキー寺院
ウスペンスキー寺院は、西ヨーロッパ最大規模のロシア正教会の寺院であり、19世紀後半の1868年に建築されました。現在では、フィンランド国内のロシア正教の総本山として知られています。
ウスペンスキー寺院は、フィンランドの首都ヘルシンキ市街の東部に位置するカタヤノッカ半島の高台にあり、フィンランドの街並みやヘルシンキ大聖堂を見渡せる絶好のロケーションです。
フィンランドはかつてロシア帝国に支配されていた時期があり、ウスペンスキー寺院もロシア帝国の威信を世界に示すために建設されました。
建築を担当したのは、ロシア最高宗教会議から任命されたロシア人建築家、アレクセイ・ゴルノスターエフです。建設は1862年に始まり、6年後の1868年に完成しました。
ウスペンスキー寺院の名前は、ロシア語で「安眠」を意味する言葉から取られています。聖母マリアの安眠を司る寺院として建築された歴史があり、生神女就寝大聖堂の名称でも呼ばれています。
赤煉瓦と金色のドームの外観
ウスペンスキー大聖堂は、ヘルシンキの街並みの中でも目を引く、赤褐色の煉瓦造りの外観が特徴的です。外観には、1853年から1856年のクリミア戦争時に破壊された、現在のフィンランド自治領オーランドのボマルスンド要塞の煉瓦が使われています。
また、13個の金色のドームが特徴的で、これは円蓋(えんがい)またはキューボラと呼ばれ、ロシア正教会によく見られる建築デザインです。
独特の形状や美しい金色の被膜は、遠くからでもウスペンスキー寺院を代表するシンボルの1つとして認識されています。
ウスペンスキー寺院に取り入れられているビザンチン様式は、キリスト教会によく見られる建築及び装飾様式であり、トルコ・イスタンブールの地域で発達し、4世紀から15世紀にかけて栄えました。
ビザンチン様式の主な特徴として、外観には神の座を表したドームがあり、内観には大理石粒やカラス片で描くモザイク画があります。
ウスペンスキー寺院の半円形のドームも、まさにビザンチン様式の代表的な建築デザインです。
ウスペンスキー寺院の外観は簡素な赤褐色と青銅の色合いですが、内部は豪華で絢爛な装飾が施されています。
モザイク画などが取り入れられた内部は、外観とは対照的な雰囲気を持っています。
荘厳な装飾に囲まれた内装
ウスペンスキー寺院では、宗教儀式が行われていない限り、誰でも無料で入場することができます。
寺院内部に足を踏み入れると、外観とは異なり、豪華な装飾が施された空間が広がります。金色の装飾や聖人を掲げた聖画、正面部分には祭壇が建っています。
ロシア正教の作法に則り、長椅子は置かれていません。礼拝の際は、立ったままで行います。
さらに、青色のドーム天井があり、天井を見上げると、空を映し出しているかのような美しい景観が広がります。
ウスペンスキー寺院の背面には、当時フィンランドを統治していたロシア皇帝アレクサンドル2世の銘板があります。
この銘板は、ロシア帝国の支配下で建設されたウスペンスキー寺院の歴史的な背景を物語っています。
ムーミンの作者トーベ・ヤンソンゆかりの寺院
ムーミンは本でも大人気のキャラクターですが、実はムーミンとウスペンスキー寺院には深いつながりがあることをご存知でしょうか。
ムーミンの作者であり、フィンランド出身のトーベ・ヤンソンは幼少期にウスペンスキー寺院をよく訪れたとされています。
そのため、2014年にはトーベ・ヤンソン生誕100周年を祝して、寺院近くの公園の名前を「トーベ・ヤンソン公園」に変更しました。
フィンランドをムーミン目的で訪れる旅行者は、ウスペンスキー寺院を宗教関連の建築物として見逃してしまうかもしれません。しかし、実際にはムーミンファンも多く訪れるスポットなので、旅行の際にはぜひ足を運んでみてください。
まとめ
フィンランド国内でも有数のロシア正教会であるウスペンスキー寺院は、ロシア帝国の統治時代に建築されました。
現在では北欧含め西ヨーロッパ最大規模のロシア正教会として、多くの信者や観光客が訪れる名所となっています。
また、ヘルシンキのマーケットからも徒歩圏内に位置しており、人々で賑わう市街地の中にあるので、観光の際には是非足を運んでみてください。