フィンランド

【オラヴィ城】ドラクエの竜王の城のモデルとなったフィンランドの古城

オラヴィ城
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北欧フィンランドの南東部に位置するサイマー湖の水面に佇む中世の城、オラヴィ城。1495年にスウェーデンがフィンランドを統治していた時期に、ロシアの侵攻を防ぐために建設された軍事要塞です。

また、日本を代表するRPG『ドラゴンクエスト』の『竜王の城』のモデルとなったことでも知られています。

この記事では、オペラファンからドラクエファンまで多くの人を魅了する、フィンランドのオラヴィ城について詳しく解説していきます。

フィンランド3大古城の1つ、オラヴィ城

オラヴィ城は、北欧フィンランドの南東部の街サヴォンリンナに位置する古城です。

フィンランド最大規模のサイマー湖に浮かぶように建てられており、トゥクル城・ハメ城と並ぶフィンランド3大古城の1つとして知られています。

また、世界で最も北に位置する石造の城の1つでもあります。

フィンランド語では「オラヴィンリンナ(Olavinlinna)」と呼ばれ、その名前は北欧ノルウェーの守護聖人オーラヴ2世から由来しています。そのため、「聖オラフの城」としても知られています。

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1495年に築城された軍事要塞

オラヴィ城は、フィンランドがスウェーデン統治下にあった1495年に、ロシアの侵攻を防ぐための軍事要塞として建設されました。

オラヴィ城という名称ですが、元々は要塞として建てられたものであり、一般的な城のような優美な装飾はほとんどありません。代わりに、強固な城壁と重厚な石造りが特徴です。

オラヴィ城は、サイマー湖に浮かぶ島の上に建築されており、城の周囲は水に囲まれています。

実際、陸地からオラヴィ城までの橋が建設されたのは1974年のことです。それまでは、全員手漕ぎボートでオラヴィ城に移動していたそうです。

城内には大砲や入り組んだ石造りの通路が張り巡らされており、要塞としての面影が残っています。また、オラヴィ城の内部はガイドツアーの引率のもとで見学することができます。

オラヴィ城の歴史

オラヴィ城はデンマーク出身の騎士であると同時に、当時フィンランドを占領していたスウェーデンの摂政でもあったエリック・アクセルソン・トットという人物の主導のもと建築されました。

ロシアとの戦争の際に地理的に重要なサヴォンリンナ(サヴォ地区)を防衛する堅牢な要塞として、オラヴィ城は1475年に建築を開始し、20年後の1495年に城郭が完成して現在の形になりました。

オラヴィ城が完成した同年の1495年には、当時のモスクワ大公国に早速襲撃される事態に陥りますが、要塞としての機能は申し分なく、見事に退けています。

その後も、築城した15世紀から18世紀にかけて、オラヴィ城は幾重もの戦いを経験し、多くの戦果に見舞われました。

数百年に渡りロシアからの侵攻を阻む要塞でしたが、ついに1714年の大北方戦争時にはロシアの猛攻によって陥落してしまいます。

戦後に締結したニスタット条約で一度はスウェーデンに返還されますが、その後もスウェーデンとロシアは戦果を交え、1743年に再度ロシアの支配下に置かれることとなりました。

最終的には1809年にフィンランドの統治が、従来のスウェーデンからロシアに移ります。国境線が変更となったことで、「ロシアの侵攻からスウェーデンの軍事的重要拠点であるサヴォ地区を防衛する」というオラヴィ城の要塞としての役目を終えたのです。

毎年夏にはオペラ公演が行われる

かつては要塞としての役目を担っていたオラヴィ城は、現在ではフィンランドで毎年夏に開催されるオペラフェスティバル「サヴォンリンナ・オペラ・フェスティバル」の会場となっています。

元々は1912年にフィンランド出身のオペラ歌手アイノ・アクテがオラヴィ城に出向き、オペラ公演を行ったことがきっかけとされています。

現在ではフィンランドの夏の風物詩として、およそ1ヶ月に渡って開催され、国内外から多くのオペラファンが訪れる一大フェスとなっています。

その総動員数は6万人とも言われています。

オペラはオラヴィ城内に作られた舞台の上で行われ、毎日1作品ずつ日替わりで上演されています。

王道オペラの「イオランタ」や「ファウスト」などから、フィンランドの民族伝承をベースにしたニッチなテーマまで、幅広いジャンルのオペラが演じられています。

ドラゴンクエストの『竜王の城』のモデルとなった城

オラヴィ城が、日本のRPGの代表的なゲーム『ドラゴンクエスト』に登場する『竜王の城』のモデルとなったことはご存知でしょうか?

『竜王の城』とは、ファミコン全盛期の1986年に発売されたドラゴンクエストシリーズの1作目に登場するダンジョンの一つで、主人公たちが冒険を続ける中で辿り着く最後の場所として有名です。

オラヴィ城は15世紀の中世に建てられた城であり、ドラゴンクエストの世界観にぴったりの雰囲気を持っています。

特に初代ドラゴンクエストにおいては、ラスボスの「りゅうおう」が待ち受けるラストダンジョンとして登場し、多くのプレイヤーを熱狂させました。

このように、日本とオラヴィ城の意外な繋がりがあるのです。

まとめ

オラヴィ城は、かつては15世紀に、ロシアの侵攻を防衛する軍事拠点として建設された要塞です。

要塞としての役目を終えた現在、フィンランドで毎年夏に開催される「サヴォンリンナ・オペラ・フェスティバル」の会場として、あるいは日本のRPG「ドラゴンクエスト」の「竜王の城」のモデルとして、国内外から多数の旅行者が訪れる観光名所となっています。